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四万十市地域おこし協力隊ブログ

「ごきげんよう西土佐!!」広報に連載開始!

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こんにちは。

西土佐・目黒川流域担当の秦(ペンネームは、ひがしやまのりこ)です。

 

四万十市広報5月号より、4コマ漫画「ごきげんよう西土佐!!」の連載が始まりました。

四万十市西土佐に住んで、約2年経ちますが、まだまだ面白いこと、びっくりすることが巻き起こる毎日で、とにかくネタには事欠きません。

読んだ方が、くすっと笑ってくれたり、ほのぼのするような漫画を描いていきますので、

これからも「ごきげんよう西土佐!!」をどうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

お世話になりました!&これからもよろしくお願いします。

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黒尊川流域担当の高濱です。

一昨年の8月にやってきて、早2年。この7月末で退任します。
年度途中でご迷惑をおかけしますが、私にとってはちょうど2年という区切りであり、今後も西土佐で暮らしていくための決断です。

1年目は黒尊川流域の地域行事のお手伝いなどを通じて、住民のみなさんの顔と名前を一致させることで精一杯でした。
けれど、住んでいた奥屋内上地区では区長さんをはじめ、近所の方たちに本当によくしていただいて、思ったよりも早く慣れることができました。

奥屋内上地区を紹介します!

奥屋内上地域の山茶イベントに関わる人たち

住めば住むほど魅力あふれる地域で、黒尊川探索や紅葉情報の発信を通じて、黒尊川やその周辺の自然の魅力をもっと知ってもらえたら、と試みたのが1年目後半~2年目前半です。

黒尊川遊歩道No.1~3

「黒尊むらまつり」大盛況&紅葉が見頃です!

2年目からは、周りのおばちゃんが毎日「こたわん」「腰が痛い」「私もあっちこっち痛いんよ」などと話しているのを聞いて、リンパケアの資格を活かし「ゆるのん体操」をはじめました。

田舎の年末は餅つきで決まり&ゆるのん体操はじまってます

「第12回西土佐健康のつどい」でゆるのん体操

定期的にお邪魔している口屋内や津賀では「家でもやってるよ」などの嬉しい声も♪
何より西土佐の色んな地域を訪れてたくさんの方に出会えたことで、やっぱり西土佐が好きだな、と再確認しました。

退任後のこれから

縁あって口屋内の家を借りることができましたので、今後はそちらでゲストハウスを開業する準備を進めています。

西土佐の魅力を外の人に知ってもらい、私のように「ここに住みたい」と思う人を増やす一助ができるよう頑張っていきますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!

最後に。

今回の西日本豪雨災害で、四万十市のとなりの宿毛市や愛媛県宇和島市や松野町なども被害を受けました。
私の出身・広島でも、地元の町やそのまわりで友人たちが浸水や土砂崩れの被害に遭っています。
災害ボランティアに参加するため何日かお休みをいただいて帰省しましたが、見慣れた景色が無残に変わってしまったことは、本当に辛いことです。

高知県に移住するとまわりに話したとき、一番心配されたのは災害のことでした。
台風が多く、南海トラフ地震の危険があることはわかっていました。
実際、こちらに来てからのほうが避難勧告が出ることが多く、大雨が降るとみんなが四万十川の水位とにらめっこしています。そしてその度に、みんなが、一人暮らしのあのおばあちゃんは大丈夫だろうか、など隣近所を気にかけています。役場は、ダムの放流量を放送でずっと伝えてくれます。
これくらいの雨なら大丈夫。これくらいになったら危険。あの谷はよく土砂崩れが起こる。そんな経験談を近所のおんちゃんおばちゃんたちはことあるごとに聞かせてくれます。

自然の圧倒的な力を前に、人間はどうすることもできません。
けれど、備えることはできます。
自分のいるところは絶対に大丈夫、とは思わずに、日ごろからの防災の意識が大事だとあらためて思わされた出来事でした。

今もまだ日常生活に戻れていない人が多くいます。自分にできる支援を続けたいと思っています。

口屋内ふるさと祭りの盆踊り練習

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黒尊川流域担当の高濱です。

口屋内集落では、8月14日(火)に毎年恒例の「口屋内ふるさと祭り」が開催されます!!
飲み食いできる屋台あり、早飲み大会あり、菓子まきあり、ステージでの催しあり、なんと打ち上げ花火まであります!

去年のステージライブ

 

早飲み大会

 

菓子まき

もちろん、やぐらを囲んで盆踊りも踊ります。
が、この盆踊り、地域内でちゃんと踊れる人がだんだんと少なくなっているようです。
ということで、ふるさと祭り実行委員会の主催で練習会が開催されました。

参加者は少ないながらも、様子を見に来てくれた方もいたりして気持ちにぎやかに。
写真一番右端のヒロコさん、いえ、ヒロコ先生に教えていただきました。

ふるさと祭りで踊るのは、

「西土佐音頭」

「てぬぐい音頭」

「よさこい鳴子踊り」

の三つ。

てぬぐい音頭はゆったりとしているので初心者でも踊れます。
西土佐音頭も何度か練習したら覚えられそうでした。
問題はよさこい鳴子踊りです。高知の人は子供の頃から踊っているというよさこい。よさこいの歌すらよく覚えていない私は大混乱。わからんー!と何度も失敗しては笑いながら教えてもらいました。

果たして本番までに覚えられるんだろうか!?

観光客の方も一緒に踊ってくれるので、やっぱりお手本が何人かいないと見よう見まねも難しいとのことで、責任は重大です。

毎年、準備から手伝ってくださる観光客の常連さんもいらっしゃったり、地元のおんちゃんおばちゃんたちの孫が帰ってきて賑やかになるので、楽しみにしている人も多いお祭り。今年は、私も何かしら店番をしている予定です!

口屋内ふるさと祭り実行委員長のブログ↓

https://kuchiyanaifes.hatenablog.com/

 

川登小の児童による和太鼓の練習(大川筋夏祭りに向けて)

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川登小学校の児童たち。

新品の太鼓の前でビシッと!!カッコイイです♪

 

後川・大川筋地域担当の高木です、先日、大川筋地域にある 川登小学校に児童たちが夏祭りで披露する和太鼓の練習を見に行って来ました!今年は、新しく地域振興のためにと用意されたピカピカの太鼓という事で子供たちも笑顔で練習に励んでいました! 

練習の様子、着ている法被(はっぴ)も真新しい!!

自然と練習にも熱が入ります、本番が楽しみ♪

真剣そのものです、指導しているのは

『土佐中村一條太鼓』の池本先生。

 

と、まあこんな具合に取材させて頂きましたが、いい緊張感、腹に響く太鼓の音...夏!祭り!みたいな雰囲気を全身に感じられたひと時でした!

大川筋の夏祭り本番は8月19日(日)子供たちは夏休み中も練習に励むようです!また練習見学しに行くからね!暑さに負けずがんばれっっ♪

 

 

 

奥屋内上地区を紹介します!

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黒尊川流域担当の高濱です。

雨の日が続いていますがね。でももう夏はすぐそこ! 夏といえば川遊び!

黒尊川遊歩道No.1~3

先日、しまんと黒尊むらの会議で水質調査の結果報告がありましたが、四万十川本流やほかの支流と比べても、黒尊川の水の透明度は群を抜いていました。

そんな黒尊川沿いには口屋内、玖木、奥屋内下、奥屋内上の4つの集落があります。

今回は、私が3月まで住んでいた奥屋内上地区を紹介します!

奥屋内上地区はグーグルマップで見ると上と下が一緒に出てくるので、実際は森のコテージさんあたりからもうちょっと上あたりからが奥屋内上です。昔は奥屋内上地区の上流にもうひとつ黒尊という集落があったんですけど、今は奥屋内上と一緒になっています。山を越えると愛媛県。

ほとんどご夫婦2人暮らしだったり、高齢者の一人暮らし世帯も多い地域です。子供はゼロ。私が暮らしていたころは住民のなかで自分が最年少でした。

そんな現状ですが、5月に山茶作りイベントも行ったように、住んでいるおんちゃんおばちゃんはなんやかんや言いつつも元気です!

みんな集まってワイワイするのが好きなので、行事への参加率はかなり高い気がします。

サロンでの輪投げ

外して大爆笑!?

運動会での早飲みリレーはアルコールになると飲むのが本当に早い(笑)

玉入れだって本気です!

黒尊神社での夏祭り
祭りといったら出店が出る祭りくらいしか参加したことがなかったので、宮司さんがきて祈祷してくれるのが初めてみたときとても新鮮でした。

春祈祷

おんちゃんたちは山師だった人が多くて自分で小屋を建てたり家具を作ったり、なんでもやるし、一仕事のあとには必ずお酒(笑)

炭窯作りの途中での休憩

自分で作った小屋で宴会

 

おばちゃんたちは自分とこの畑で野菜はなんでも作るし、料理が上手で美味しいものをたっくさん作るのも食べるのも好き!

美味しいばら寿司はお手の物!

もちろん飲みます(笑)

 

奥屋内上に住んでいたころ、よく「さみしくない?」と聞かれましたが、見てのとおり賑やかで、全然さみしいことなんかありませんでした。

確かに町中に比べたら人は少ないですし、夜になったらシカの鳴き声くらいしか聞こえませんが(笑)

何かあれば(なくても)ご近所さんが声をかけてくれますし、多めに作ったご飯のおすそ分けをいただいたり、飲みに来いやーって気軽に誘ってもらったり、本当に人と人のつながりを密接に感じられます。
隣人の顔も知らないような都会のマンション暮らしのほうがよっぽどさみしいんじゃないかなぁ。

観光や川遊びで外から黒尊川を訪れる人が増える時期ですが、山や川だけじゃなくて、暮らしている人たちのこともちょっと知ってもらえたらな、と思ってご紹介してみました。

高知県立大学の学生が大宮にきました。

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6月16日と17日に高知県立大学の学生さんたちが大宮地区にやってきました。

目的は田植え(16日)と福祉(17日)の体験です。

 

田植えは2時過ぎから藤の瀬バラ園のすぐ下の田んぼで始まりました。

人数は26人。

帽子を着用していない方が多く暑さにやられないか心配でした。

しかし、この時は暑くもなく風があって気持ちよくできました。

事故に見せかけて相手を汚そうとする輩が学生だけでなく、苗の供給係のおっちゃんらの中にもちらほらと...

    

転んで泥んこになるなどのハプニングは特になく楽しく進んでいきました。

    

が、

コケる人がいないせいか、

ヘビ乱入‼

そんなハプニングもありましたが、無事田植えが終了しました。

若人たちは川で体についたドロを落としていました。

ここでも、相手を濡らそうとする輩がちらほらと...

 

夜は懇親会。

みやの里代表の竹葉さんや地域の方々の話を聞いたり

地元のおばちゃんお姉さまたちが作ってくれた料理を食べました。

特に、焼きたての餃子は大人気でした。

県立大側から、教授の結婚というめでたい話がありました。

そこは藤の瀬バラ園代表の尾崎さん、すかさずバラ園での披露宴を提案していました。

*バラ園での披露宴の様子は、下記『藤の瀬バラ園で結婚披露宴!』をご覧ください。

藤の瀬バラ園で結婚披露宴!

最後は、大学生たちがAKB48のフォーチュンクッキーを歌って踊って盛り上げてくれておひらき。

定番だそうな。

 

次の日は、NPO法人いちいの郷での福祉体験だったそうです。

NPO法人いちいの郷は、大宮地区で居宅介護支援事業などをおこなっています。

いったい何をしたのでしょう。

藤の瀬バラ園で結婚披露宴!

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大宮地区担当の岡林です。

5月19日に、大宮下地区にある藤の瀬バラ園で初めての披露宴が行われました。

披露宴を行ったのは、大池夫妻

新郎は開園当初から関わっている智士さん、新婦は元隊員の理奈さん。

このバラ園は二人が出会うきっかけとなった想い出の場所です。

[新郎新婦入場]

[スピーチ]

披露宴はまず、バラ園代表の尾崎さんのスピーチから始まりました。

開園当初の話から、その後の新郎新婦のエピソードを巧みに紹介し、盛りあがりました。

 

次は新郎。新郎から会場の皆さんに「肩の力を抜いて」と言ったら「それはお前だ!」のツッコミを喰らい笑いを誘っていました。

 

[ケーキカット]

新郎新婦、そして息子の貫太くんの3人でケーキカット

 

[余興]

最高潮に盛りあがったのは友人たちの余興

まずは新婦側の友人によるバブリーなダンス!

新郎も途中から参戦

会場全体がひとつになりました!

 

次は新郎側の友人による生演奏!

小さいお子さんが踊ってしまうすばらしい演奏でした。

そしてここでも新郎が参加、新婦にサプライズを仕掛けました。歌って踊って新郎がすごかったです。

 

新郎が、バブリーな女性(?)と腕を組んでいます。

まさかのBadサプライズか!?

いいえ、新婦ひと筋宣言しましたからご安心を。

 

[フィナーレ]

最後は満面の笑顔とバラシャワーで二人を送りました。

 

 

 

草編み会 発足!!

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富山地区担当の原田です。

 

富山は四万十川の支流に沿って集落が点在する、まさに「やまあい」の地域

 

道路のない頃は学校に行くにも山を歩いて越えて登校していたとのこと

 

なので、かつての山暮らしは

 

「生活に必要なものは身の回りのものを使って自分で作る!」

 

というものだったことは想像に難くありません。

 

物が増え、経済が進み、徐々に既製品が暮らしの中で幅をきかせてくるに従い、物を作る技術やその物自体が忘れ去られていきました。

 

多数の世代の人に昔の話を聞くと

 

「わしらが子供の頃は、草履を作らにゃ学校に通えんかった」

 

「子供の頃は、親が夜な夜な作っていた記憶があるけど、わしゃ作ったこたぁない」

 

「あ~親はそんな話をしてたけど、私は見たことないね」

 

「郷土資料館に行けばあるかもねや」

 

といった調子で、経験談から傍観、さらに伝聞から文献と暮らしにある風景は歴史上の資料へと移ろいで行くことがわかります。

 

それが時代の流れ、悪いとは言いませんが、少し寂しく勿体ないことだなとは感じるのです。

 

 

実際に手仕事を習ってみると、工作機械と同じ原理を手で行っているという感動と、それを編み出したであろう先人たちの知恵に触れることができ、何とも言えない気持ちになります。

 

あと、物を作る道具も手作りで、そこには何十年も大切に使われてきた味わいがにじみ出ているのです。

 

限られた材料で作るからでしょうか、形に無駄がなくシンプルだけど機能的という美しさも感じられます。

 

 

話は逸れますが、

 

日本には「付喪神(つくもがみ)」という言葉があります。

 

長い年月使ってきた道具に宿る精霊や神様のこと

 

大切に扱えば良いものが、邪な気持ちで扱えばわるいものが、時にその道具が変化して人を惑わす・・・という言い伝えです。

 

現代の世の中で「付喪神」になっているような道具で暮らしているという人は希少かと思いますが、自分で道具を作っていた時代はもっと身近なものだったかもしれませんね。

 

そう思うと、少しわくわくしませんか?

 

 

前置きが長くなりましたが、

 

藁細工を楽しむ「くさあみ会」が発足しました。

 

始まりは、2つの方面からの依頼。

 

1つは、毎日元気に畑に繰り出すばぁから

 

「涼ちゃんよ、ちょいとお願いがあるんじゃが、ええかね。」

 

「できることなら。なあに?」(お、なんだなんだ珍しいな)

 

「稲木で米を作っとったろう?藁はまだあるかね。ちいと分けてくれんかの」

 

「いいけど、なにするの?」

 

「あるか!ええか!いやぁ、ちと日除けを作りたくて。おまえさんの藁きれいに干してあるの見てたからな」

 

「え、あの鎧みたいなやつ?私も作りたい!藁あげるから作り方教えてよ。」(干してるのチェックされてるw)

 

ということで田植えまでに日除け編みの会を約束して2~3ヵ月が経過

 

 

ちなみに稲木とは収穫した稲を逆さに干して、乾燥させること。

こんな感じ

 

コンバインだと収穫と同時に脱穀をし稲藁は粉砕して田圃へまくため、藁を残すにはひと手間かけなくてはなりません。

 

さらに脱穀した米は籾(もみ)の状態で、その日のうちに乾燥機にいれ夜通し機械で乾かします。

 

稲木米は機械乾燥でない分、米が割れにくく、ゆっくり稲全体の養分が米に詰まるとか詰まらないとかw

 

でも天候によって乾燥しきらず上手くいかない場合もあり、機械・稲木それぞれに一長一短の面があります。

 

 

ばあとの約束は忘れず、でも焦りもせず過ごしていると、今度は少しお町な集落大用(おおゆう)の住民から・・・

 

「ねぇねぇ、涼ちゃん、奥のおばぁちゃんから畚(フゴ)編み習えないかな」

 

「習えると思いますよ~相談しておきますね~。ところで日除け編み興味ありません?」

 

「ある!」

 

「畚編み教えてくれそうなばあとは別の人なんだけど、習うとき声かけますね」

 

 

という感じで、材料の欲しい編める人と編み方を習いたい若い世代の両方向から依頼が交差し「くさあみ会」が自然と立ち上がりました。

 

 

まずは畚編み

 

畚(フゴ)は畑で芋やカボチャなど、重いものを収穫して運ぶのに使うかごです。

これを2つ棒で担いで段々畑から作物を持ち帰っていたそうです。

 

これが藁を編むための道具、コマセ

 

しっかり編めるように紐をおもりに巻き付けて、編み進めます。

 

このおもりは「ツチノコ」

 

聞くところによると、海辺では木ではなく石をつかって同じ構造の編み道具があったそうです。

 

富山では、重みのあるカシの木がツチノコに好まれていたようですが、「しゃりカシにも及ばん(別にカシでなくでもかまわない)」とじいが横から助言するように、素材ではなく役目を果たす物ならなんでも良いとのこと。

 

藁の折り返し部分が畚の淵となり、口が広がるように折り曲げ具合を調整します。

 

ひとあみするたびに徐々に伸びていくのが楽しくて夢中で進みます。

 

手編みマフラーの面白さのよう。

 

ほどほどに編んだら筒状にして、底を閉じて完成!

 

畚編みの先生はしきりに「わしらの子供らはちっとも関心をもたんに、あんたらは変わっとるね」と嬉しそうに教えてくれます。

 

くさあみ会としてまた習いたいという話をすると、顔をほころばせて賛成してくれました。

 

「でもよ、道具はどうするぜ?あと藁も長いもんでないと。かおり米かもち米くらいなきゃ大きいもんは編めんぜ?」

(おおう、その辺のこともこれから教えておくんなせ。)

 

 

続いて日除け編み

 

日除けは平坦なので、畚より簡単!

 

・・・コマセが4台あります。

 

そう、生徒が1人増えました。

 

生徒の共通点は移住してきた女性陣

 

先生のばぁと手を動かしながらのんびりお話をし交流の時間にもなりました。

 

畚編みの先生のときにも話題になりましたが、地元の若い世代はあまり興味を持たないそうで、少し寂しそうです。

 

お互いを理解するには一緒に仕事をするのが一番とはよく言いますが、移住者と地元、お互い探り探りの距離感のときにこういう会で距離を縮められたらいいなぁとぼんやり思うのでした。

 

ぺちゃくちゃおしゃべりをしているうちに形になってきました!

 

ジャン!

 

今年の田植えは背中が涼しかったです。

 

 

 

後日、

 

ばぁに会いに行くと、前から使っていたホロホロの日除けを使っているではないか!

 

どうしたことかと思ったら、日除けを作りたかったのは、向かいに住む仲良しのばぁがアルミの日除けを使っていて、藁の日除けをプレゼントしたかったのだとか。

 

序盤のばあからのお願いのやりとり、ご近所さんへのプレゼントを思って持ち掛けてきていた、と知って読み返すとなんともやわらかい気持ちになりませんか。

 

人と関わりながら暮らしていると色んな物語に遭遇します。

 

田舎は特にその色が柔らかく濃いように思うのでした。

 

それは既製品を買って済ます生活では味わえないもののようにも感じます。

 

 

さて、くさあみ会、ばあにも指摘されたとおり、編むには1人1台道具が必要なのです。

 

今回は集落で持っている人から拝借して行いましたが、せっかくなら自分のを持ちたい!作りたい!ということで、次回はコマセ・ツチノコ作りから!

 

ますます人の輪が広がりそうな予感です。

 

お楽しみに。

 

 

なんか既視感のあるブログだなと思ったら、初めて書いた投稿と似てました。

「竹籠づくり」

興味があればこちらもどうぞ

後川地域の元気印

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後川・大川筋地域担当の大寺です。

今回は、後川地域の元気印を紹介します!

 

後川地区出身で、高校卒業後は長野県で就学、その後は兵庫県や神奈川県で

お仕事をされて退職を機に四万十市へ帰って来られた野村さんです。

 

 

大寺「お名前と年齢を教えて下さい。」

 

野村さん「野村昌男です。昭和16年生まれ、76歳です。」

 

 

大寺「野村さんはいつ四万十市へ帰ってこられたんですか?」

 

野村さん「18歳までは中村で、そのあと大学で長野へ行って就職で姫路市に居たんだよ。」

 

 

大寺「そうですか。確か、太子町ですよね!」※大寺は姫路市出身です。

 

野村さん「そうそう。あなたと同じ姫路市ね。それから、本社のある神奈川に住んで定年まで。」

 

 

大寺「そうなんですね。いろんなところで暮らしていたんですね。ではなぜ戻って来られたんですか?やっぱり中村が良かったですか?」※四万十市は合併前は中村市でした。

 

野村さん「そうだね。何より、お袋が90歳近くになって面倒見たいなというのがあってね。戻って来て3年くらいは一緒にここで暮らしたよ。」

 

 

大寺「そうですか。昌男さんは日本各地、中村以外でも暮らして来られましたが、やっぱり他の土地と比べて中村はどうですか?」

 

野村さん「やっぱり自然が良いって、よく言われるけど僕は子供のころからここを知ってるからそんなには思わないんだけど。でも、都会は若い人が住むところだよね。お金を稼げる、若い人が暮らす場所。」

 

大寺「そうですね。私もそう思います。」

 

野村さん「ここは、金銭的に裕福ではなくても自分たちの食べる野菜を作ったり、散歩したり、晴耕雨読。気ままに暮らす場所だから。」

 

大寺「趣味は何かありますか?」

 

野村さん「最近は読書。そのほかに音楽鑑賞、囲碁、油絵かな。」

 

大寺「以前、登山のお話をされていましたよね?」

 

野村さん「そうそう。定年した年にヒマラヤに登ったんですよ。」

 

大寺「どうして登ろうと思ったんですか?」

 

野村さん「もう、こっち(中村)に帰ってくる決意をしてたからね。」

 

大寺「退職記念のご褒美ってことですね!」

 

野村「ははは。そういう事になるかな。」

 

 

大寺「では、質問を変えます。ここは絶対おすすめしたい!という場所などはありますか?」

 

野村さん「う~ん。(少し悩む)やっぱり、自分で建てたタニダコテージかな?ははは。」

 

大寺「そうですよね!ご自身のブログでも紹介されてますよね?」

 

野村さん「そうそう。たまに載せますよ。ログハウスマガジンにも載ったしね。以前は自分のホームページでコテージを載せていたんだけど、更新の頻度が落ちて更新の仕方が分からなくなっちゃってそれでブログに載せるようにしたんですよ。ちょっと見てみよう。(パソコンで見せてもらいました)」

 

大寺「そのログハウスマガジンはまだありますか?」

 

野村さん「うん。コテージにありますよ。後でどうぞ。」

 

 

~2010年5月号ログハウスマガジンという雑誌のP83から野村さんのコテージが掲載され ています。良かったらご覧下さい~

 

 

大寺「では、これからの後川地区はどんなふうになって欲しいですか?」

 

野村さん「やっぱり、若い人に増えて欲しいよね。ここは高齢化率が66%だからほとんど限界集落に近づいているんだよね。今回、あなた達が居なくなるから本当に残念。本当に。」

 

大寺「そうですよね。すみません。」

 

野村さん「まぁね、引っ越しても年に6回お祭りがあるし小学生とのひまわり交流もやってるし、いつでも来てください。」

 

大寺「ありがとうございます。」

 

野村さん「あとは、空き家が増えるからね。空き家の活用で滞在型観光の手助けをしたらいいよね。行政と連携して。そこは、あなたの役目なんじゃないかな。」

 

大寺「そうですね。私もそう考えています。」

 

野村さん「僕も、コテージで滞在してもらったり修学旅行生の受け入れをしているけど楽しいですよ。あなたも是非やってね。」

 

大寺「そうですね。落ち着いたら、やってみます。先ほど、若い人に来て欲しいとおっしゃってましたがどんな人に来てもらいたいですか?」

 

野村さん「そうだね。若い世代。子供が産める年代、かな。

まぁ年齢は関係ないけどやっぱりその年代の人に増えて欲しい。」

 

大寺「私も友達にアピールしてます。」

 

野村さん「うんうん。是非遊びに来て、気に入って住んでもらいたいね。でもそうなると仕事なんだよね。お米作りだけじゃ今は食べていけないから、何かスキルを持って自分で仕事ができる人ならいいね。」

 

大寺「なるほど。そうですね。」

 

野村さん「僕はいつまでできるか分からないから、若い世代に期待していますよ。」

 

 

コテージ

<コテージにて>

 

 

いかがでしたか?

 

野村さんはインタビュー中にもあったように、ブログで日々の出来事などを記されています。

良かったら覗いてみてください。

https://blog.goo.ne.jp/shimanto41_1941

 

 

さて、私事ですが5月末で退任のため今回が最後のブログ更新となってしまいました。

今まで見てくださってありがとうございました。

協力隊活動中に行ってきたshImanto art clubの活動は今後も続けていきます。

Facebookで情報発信も行っていますので、今後はそちらの方も覗いていただけたら

嬉しいです。https://www.facebook.com/40010art.club/

奥屋内上地域の山茶イベントに関わる人たち

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黒尊川流域担当の高濱です。

GW最終日の5月6日(土)に、奥屋内上地域での山茶作りイベントを開催しました。

今年も奥屋内で山茶作りイベント開催!5月6日(日)

参加者は中村、土佐清水市、遠くは高知市などから13名が集まってくださいました。

山茶作りの内容は去年とだいたい同じなので、今回は省略。
準備も当日も頑張ってくれた地域のみなさんをご紹介したいと思います!

 

前日に草刈りをしてくれたのは、この三人↓

左からトオル兄、文さん、しんちゃん

山仕事や畑仕事を長年やってこられているので、草刈りなんてお手の物です。
仕事が早い!一瞬で終わってしまいました。終わって早々、ゴーグルも外さず一服しているところです(笑)

↑茶畑に上がる道をきれいにして、安全のため看板とロープと杖まで準備してくれたのは“みつぐさん”
いつも優しく、色々と気にかけてくれるおんちゃんです。

 

ご飯作りをしてくれたおばちゃんはこの5人!

右からつぎちゃん、元恵さん、和子さん、まちこさん、八千代さん。

特にメニュー決めなど中心となって動いてくれたのが、つぎちゃんと元恵さんでした。

いつも一緒の仲良し“とぎ”(友達)です!

そして、当日の朝6時頃から、おばちゃんたちが用意してくれた美味しいご飯↓

今回、小学生の参加者が多かったので、おばちゃんたちは「子供たちがたくさん来るならカレーも作る!」とやる気まんまんに。子供がひとりもいない、小学校も廃校になっている地域なので、やはり子供はいるだけでスタッフ側の気持ちも上がります。

 

おばちゃんたち得意のちらし寿司に、手作りのみそを使ったお味噌汁。
自分とこの畑で作っている野菜を持ち寄ったサラダ。
たっぷりのご飯でお腹いっぱいになりました。

山茶を摘んだ畑で集合写真。みんな良い笑顔です♪

参加者の方からいただいた感想の一部をご紹介させていただきますね。

ありがとうございました!

 

個人的には、去年も来てくれていた子供たちがたった1年の間に成長していてビックリ。
毎年来てくれる参加者の方も多く、年に一回、遠い親戚に会うような感じで遊びに来てくれる機会になっているのかもしれません。
今後、どういったかたちでこのイベントが続いていくのかわかりませんが、参加者も地域の人も無理なく一緒に楽しめるイベントであってほしいな、と思います。

 

また、今回スタッフとして、口屋内住民の山茶作り大好きチハルさんと、大宮の新協力隊の岡林くんも写真撮影など手伝ってくれました。いつも山茶のある場所を快く貸して下さる方、当日来れなくても気にかけてくれた地域のみなさんも、ありがとうございました。

高知新聞さんにも掲載していただきました。

https://www.kochinews.co.jp/sp/article/181520

 

ひまわり

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後川・大川筋地域担当大寺です。

 

今年も後川地域・板ノ川地区で遅咲きのひまわりの会の活動が始動しました!

 

利岡小学校の児童との交流も兼ねているこの取り組みは、今年で6年目を迎えます。

住民にとっては、小学生と交流をすることで元気をもらうことができ

子供たちにとっては作物栽培の学びになります。

子供たちが参加してくれるようになってから数えると、5年目だそうです。

 

3年前に四万十市へ来た頃、この場所に黒いビニールだけが張ってあって

何が植えられているんだろう?と思っていました。

 

 

今日は、住民有志と児童・先生方と黒いビニール:通称「黒マルチ」を貼りました。

 

この作業をするまでに畑の草を刈り、畝を作り、植える地面を平らにする…

作業が何工程もあるのです。

 

マルチ

大変でも、景観のため子供達のためにみんなで力を合わせます!

 

↓高知新聞社の方も来られていて、インタビューを受けている様子。

 

インタビュー

すべての畝にマルチ張りを完了!

畝が、マルチに覆われたときは達成感でいっぱいでした。(全部張った写真を撮り忘れました。)

 

全体

マルチなんか張らずにやったら良いのに~と思われる方もいるかも知れませんが

結構広いので除草作業が大変になるんですよね。

 

↓元気な児童達!

 

元気!

この次は、種まきの作業が待っています。

 

夏にはきれいに花を咲かせてくれるように祈りながら種まきをしたいと思います。

 

今後の経過をお楽しみに☆

大川筋地域の元気印

カテゴリー :

後川・大川筋地域担当の大寺です。

 

今回は、大川筋地域の元気印を紹介します。

まだ協力隊新聞が西土佐版だった頃、協力隊新聞に地域の「元気印」枠があったんですよ!

よかったら、バックナンバーからご覧下さい。

 

 

大川筋地域住民の田辺傳(つたえ)さん。

お住まいの地区の区長さんでもある田辺さんは「でんさん」の愛称で地域の有名人です。

 

これからの時期は稲作や作物栽培で忙しくなります。

ペットのポチ(犬)を可愛がっていらっしゃいます。

ポチは15歳で長生きワンコです。いつも静かに高瀬地区を眺めている…。

pochi

 

 

では、でんさんに質問タイム!(ここからは、Q&A形式でお伝えします。)

 

 

でんさん1

 

大寺 「自己紹介お願いします。」

 

でんさん 「昭和19年生まれ、74歳。生まれも育ちも中村(四万十市)よ!」

 

 

 

大寺 「趣味はありますか?」

 

でんさん 「家庭菜園かにゃあ。昔は女体探索やったに。」

 

※でんさんは、学校の卒業式や地区運動会の挨拶等もしっかりこなされる一見まじめな

方ですが、二言目には下ネタを発します。

 

 

 

大寺 「大川筋地域の良いところは?」

 

でんさん 「風向明媚。四万十川と自然の景色。」

 

 

 

大寺 「特にお気に入りポイントは?」

 

でんさん 「高瀬沈下橋やにゃあ。自分らの地区の沈下橋よ!こないだは、宿毛(すくも)出身のソプラニスト(歌手)が

撮影しよったぞー!」※宿毛(すくも)はお隣の市です。

 

 

 

大寺 「これからの大川筋地域はどんな風になって欲しいですか?」

 

でんさん 「若い人に増えて欲しい。空き家はあるけん、住めるようにして仕事があったらええわなぁ。」

 

 

 

大寺 「では、具体的にどんな人に来て欲しいですか?」

 

でんさん 「老人に優しい人。(見た目、容姿ではなく人として)魅力ある人。

 

大寺さんみたいな女性やったらウェルカム!!」

 

※セクハラ発言になりかねませんが、私が嫌な気持ちになっていないので許容範囲内です。

 

 

 

大寺 「そんな魅力ある人に来てもらうための、お勧めポイントはありますか?」

 

でんさん 「かわらっこがあるわな~。地域振興組合やったし、今も大川筋の拠点よにゃあ。」

 

 

 

大寺 「色々な取り組みがありますが、私の次はどんな人がいいと思いますか?」

 

でんさん 「とにかく大寺さんみたいに、地域に溶け込める人やにゃあ!難しいけど。」

 

 

 

大寺 「そうですか。ありがとうございます。これからも大川筋地域でお世話になります。」

 

でんさん 「そうそう。これからもお世話してもらうけん。○▲◇×※!?」

 

~このあとは、真面目なでんさんではなくなったのでインタビュー終了~

でんさん2

 

という雰囲気で、大川筋地域にはでんさんの様に陽気で元気なおんちゃん(男性)が多いです。

 

若い人が地域に少ないということもあって「若さ」の特権だけで優しくして貰えるのは

本当にありがたいなぁと、日々感じます。

 

という事は、あと10年経ったら若いお姉ちゃん扱いしてもらえないのか…!?

 

四万十市に来てから、いったい何歳まで若者扱いしてもらえるんだろうと疑問に思うことが多々あります!

まだまだ、これから学ぶことが沢山あって忙しくなりそうです。

 

次回は、後川地域の元気印を紹介したいと思います。

 

お楽しみに。