四万十市地域おこし協力隊四万十市地域おこし協力隊

川登小の児童による和太鼓の練習(大川筋夏祭りに向けて)

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川登小学校の児童たち。

新品の太鼓の前でビシッと!!カッコイイです♪

 

後川・大川筋地域担当の高木です、先日、大川筋地域にある 川登小学校に児童たちが夏祭りで披露する和太鼓の練習を見に行って来ました!今年は、新しく地域振興のためにと用意されたピカピカの太鼓という事で子供たちも笑顔で練習に励んでいました! 

練習の様子、着ている法被(はっぴ)も真新しい!!

自然と練習にも熱が入ります、本番が楽しみ♪

真剣そのものです、指導しているのは

『土佐中村一條太鼓』の池本先生。

 

と、まあこんな具合に取材させて頂きましたが、いい緊張感、腹に響く太鼓の音...夏!祭り!みたいな雰囲気を全身に感じられたひと時でした!

大川筋の夏祭り本番は8月19日、子供たちは夏休み中も練習に励むようです!また練習見学しに行くからね!暑さに負けずがんばれっっ♪

 

 

 

奥屋内上地区を紹介します!

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黒尊川流域担当の高濱です。

雨の日が続いていますがね。でももう夏はすぐそこ! 夏といえば川遊び!

黒尊川遊歩道No.1~3

先日、しまんと黒尊むらの会議で水質調査の結果報告がありましたが、四万十川本流やほかの支流と比べても、黒尊川の水の透明度は群を抜いていました。

そんな黒尊川沿いには口屋内、玖木、奥屋内下、奥屋内上の4つの集落があります。

今回は、私が3月まで住んでいた奥屋内上地区を紹介します!

奥屋内上地区はグーグルマップで見ると上と下が一緒に出てくるので、実際は森のコテージさんあたりからもうちょっと上あたりからが奥屋内上です。昔は奥屋内上地区の上流にもうひとつ黒尊という集落があったんですけど、今は奥屋内上と一緒になっています。山を越えると愛媛県。

ほとんどご夫婦2人暮らしだったり、高齢者の一人暮らし世帯も多い地域です。子供はゼロ。私が暮らしていたころは住民のなかで自分が最年少でした。

そんな現状ですが、5月に山茶作りイベントも行ったように、住んでいるおんちゃんおばちゃんはなんやかんや言いつつも元気です!

みんな集まってワイワイするのが好きなので、行事への参加率はかなり高い気がします。

サロンでの輪投げ

外して大爆笑!?

運動会での早飲みリレーはアルコールになると飲むのが本当に早い(笑)

玉入れだって本気です!

黒尊神社での夏祭り
祭りといったら出店が出る祭りくらいしか参加したことがなかったので、宮司さんがきて祈祷してくれるのが初めてみたときとても新鮮でした。

春祈祷

おんちゃんたちは山師だった人が多くて自分で小屋を建てたり家具を作ったり、なんでもやるし、一仕事のあとには必ずお酒(笑)

炭窯作りの途中での休憩

自分で作った小屋で宴会

 

おばちゃんたちは自分とこの畑で野菜はなんでも作るし、料理が上手で美味しいものをたっくさん作るのも食べるのも好き!

美味しいばら寿司はお手の物!

もちろん飲みます(笑)

 

奥屋内上に住んでいたころ、よく「さみしくない?」と聞かれましたが、見てのとおり賑やかで、全然さみしいことなんかありませんでした。

確かに町中に比べたら人は少ないですし、夜になったらシカの鳴き声くらいしか聞こえませんが(笑)

何かあれば(なくても)ご近所さんが声をかけてくれますし、多めに作ったご飯のおすそ分けをいただいたり、飲みに来いやーって気軽に誘ってもらったり、本当に人と人のつながりを密接に感じられます。
隣人の顔も知らないような都会のマンション暮らしのほうがよっぽどさみしいんじゃないかなぁ。

観光や川遊びで外から黒尊川を訪れる人が増える時期ですが、山や川だけじゃなくて、暮らしている人たちのこともちょっと知ってもらえたらな、と思ってご紹介してみました。

高知県立大学の学生が大宮にきました。

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6月16日と17日に高知県立大学の学生さんたちが大宮地区にやってきました。

目的は田植え(16日)と福祉(17日)の体験です。

 

田植えは2時過ぎから藤の瀬バラ園のすぐ下の田んぼで始まりました。

人数は26人。

帽子を着用していない方が多く暑さにやられないか心配でした。

しかし、この時は暑くもなく風があって気持ちよくできました。

事故に見せかけて相手を汚そうとする輩が学生だけでなく、苗の供給係のおっちゃんらの中にもちらほらと...

    

転んで泥んこになるなどのハプニングは特になく楽しく進んでいきました。

    

が、

コケる人がいないせいか、

ヘビ乱入‼

そんなハプニングもありましたが、無事田植えが終了しました。

若人たちは川で体についたドロを落としていました。

ここでも、相手を濡らそうとする輩がちらほらと...

 

夜は懇親会。

みやの里代表の竹葉さんや地域の方々の話を聞いたり

地元のおばちゃんお姉さまたちが作ってくれた料理を食べました。

特に、焼きたての餃子は大人気でした。

県立大側から、教授の結婚というめでたい話がありました。

そこは藤の瀬バラ園代表の尾崎さん、すかさずバラ園での披露宴を提案していました。

*バラ園での披露宴の様子は、下記『藤の瀬バラ園で結婚披露宴!』をご覧ください。

藤の瀬バラ園で結婚披露宴!

最後は、大学生たちがAKB48のフォーチュンクッキーを歌って踊って盛り上げてくれておひらき。

定番だそうな。

 

次の日は、NPO法人いちいの郷での福祉体験だったそうです。

NPO法人いちいの郷は、大宮地区で居宅介護支援事業などをおこなっています。

いったい何をしたのでしょう。

藤の瀬バラ園で結婚披露宴!

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大宮地区担当の岡林です。

5月19日に、大宮下地区にある藤の瀬バラ園で初めての披露宴が行われました。

披露宴を行ったのは、大池夫妻

新郎は開園当初から関わっている智士さん、新婦は元隊員の理奈さん。

このバラ園は二人が出会うきっかけとなった想い出の場所です。

[新郎新婦入場]

[スピーチ]

披露宴はまず、バラ園代表の尾崎さんのスピーチから始まりました。

開園当初の話から、その後の新郎新婦のエピソードを巧みに紹介し、盛りあがりました。

 

次は新郎。新郎から会場の皆さんに「肩の力を抜いて」と言ったら「それはお前だ!」のツッコミを喰らい笑いを誘っていました。

 

[ケーキカット]

新郎新婦、そして息子の貫太くんの3人でケーキカット

 

[余興]

最高潮に盛りあがったのは友人たちの余興

まずは新婦側の友人によるバブリーなダンス!

新郎も途中から参戦

会場全体がひとつになりました!

 

次は新郎側の友人による生演奏!

小さいお子さんが踊ってしまうすばらしい演奏でした。

そしてここでも新郎が参加、新婦にサプライズを仕掛けました。歌って踊って新郎がすごかったです。

 

新郎が、バブリーな女性(?)と腕を組んでいます。

まさかのBadサプライズか!?

いいえ、新婦ひと筋宣言しましたからご安心を。

 

[フィナーレ]

最後は満面の笑顔とバラシャワーで二人を送りました。

 

 

 

草編み会 発足!!

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富山地区担当の原田です。

 

富山は四万十川の支流に沿って集落が点在する、まさに「やまあい」の地域

 

道路のない頃は学校に行くにも山を歩いて越えて登校していたとのこと

 

なので、かつての山暮らしは

 

「生活に必要なものは身の回りのものを使って自分で作る!」

 

というものだったことは想像に難くありません。

 

物が増え、経済が進み、徐々に既製品が暮らしの中で幅をきかせてくるに従い、物を作る技術やその物自体が忘れ去られていきました。

 

多数の世代の人に昔の話を聞くと

 

「わしらが子供の頃は、草履を作らにゃ学校に通えんかった」

 

「子供の頃は、親が夜な夜な作っていた記憶があるけど、わしゃ作ったこたぁない」

 

「あ~親はそんな話をしてたけど、私は見たことないね」

 

「郷土資料館に行けばあるかもねや」

 

といった調子で、経験談から傍観、さらに伝聞から文献と暮らしにある風景は歴史上の資料へと移ろいで行くことがわかります。

 

それが時代の流れ、悪いとは言いませんが、少し寂しく勿体ないことだなとは感じるのです。

 

 

実際に手仕事を習ってみると、工作機械と同じ原理を手で行っているという感動と、それを編み出したであろう先人たちの知恵に触れることができ、何とも言えない気持ちになります。

 

あと、物を作る道具も手作りで、そこには何十年も大切に使われてきた味わいがにじみ出ているのです。

 

限られた材料で作るからでしょうか、形に無駄がなくシンプルだけど機能的という美しさも感じられます。

 

 

話は逸れますが、

 

日本には「付喪神(つくもがみ)」という言葉があります。

 

長い年月使ってきた道具に宿る精霊や神様のこと

 

大切に扱えば良いものが、邪な気持ちで扱えばわるいものが、時にその道具が変化して人を惑わす・・・という言い伝えです。

 

現代の世の中で「付喪神」になっているような道具で暮らしているという人は希少かと思いますが、自分で道具を作っていた時代はもっと身近なものだったかもしれませんね。

 

そう思うと、少しわくわくしませんか?

 

 

前置きが長くなりましたが、

 

藁細工を楽しむ「くさあみ会」が発足しました。

 

始まりは、2つの方面からの依頼。

 

1つは、毎日元気に畑に繰り出すばぁから

 

「涼ちゃんよ、ちょいとお願いがあるんじゃが、ええかね。」

 

「できることなら。なあに?」(お、なんだなんだ珍しいな)

 

「稲木で米を作っとったろう?藁はまだあるかね。ちいと分けてくれんかの」

 

「いいけど、なにするの?」

 

「あるか!ええか!いやぁ、ちと日除けを作りたくて。おまえさんの藁きれいに干してあるの見てたからな」

 

「え、あの鎧みたいなやつ?私も作りたい!藁あげるから作り方教えてよ。」(干してるのチェックされてるw)

 

ということで田植えまでに日除け編みの会を約束して2~3ヵ月が経過

 

 

ちなみに稲木とは収穫した稲を逆さに干して、乾燥させること。

こんな感じ

 

コンバインだと収穫と同時に脱穀をし稲藁は粉砕して田圃へまくため、藁を残すにはひと手間かけなくてはなりません。

 

さらに脱穀した米は籾(もみ)の状態で、その日のうちに乾燥機にいれ夜通し機械で乾かします。

 

稲木米は機械乾燥でない分、米が割れにくく、ゆっくり稲全体の養分が米に詰まるとか詰まらないとかw

 

でも天候によって乾燥しきらず上手くいかない場合もあり、機械・稲木それぞれに一長一短の面があります。

 

 

ばあとの約束は忘れず、でも焦りもせず過ごしていると、今度は少しお町な集落大用(おおゆう)の住民から・・・

 

「ねぇねぇ、涼ちゃん、奥のおばぁちゃんから畚(フゴ)編み習えないかな」

 

「習えると思いますよ~相談しておきますね~。ところで日除け編み興味ありません?」

 

「ある!」

 

「畚編み教えてくれそうなばあとは別の人なんだけど、習うとき声かけますね」

 

 

という感じで、材料の欲しい編める人と編み方を習いたい若い世代の両方向から依頼が交差し「くさあみ会」が自然と立ち上がりました。

 

 

まずは畚編み

 

畚(フゴ)は畑で芋やカボチャなど、重いものを収穫して運ぶのに使うかごです。

これを2つ棒で担いで段々畑から作物を持ち帰っていたそうです。

 

これが藁を編むための道具、コマセ

 

しっかり編めるように紐をおもりに巻き付けて、編み進めます。

 

このおもりは「ツチノコ」

 

聞くところによると、海辺では木ではなく石をつかって同じ構造の編み道具があったそうです。

 

富山では、重みのあるカシの木がツチノコに好まれていたようですが、「しゃりカシにも及ばん(別にカシでなくでもかまわない)」とじいが横から助言するように、素材ではなく役目を果たす物ならなんでも良いとのこと。

 

藁の折り返し部分が畚の淵となり、口が広がるように折り曲げ具合を調整します。

 

ひとあみするたびに徐々に伸びていくのが楽しくて夢中で進みます。

 

手編みマフラーの面白さのよう。

 

ほどほどに編んだら筒状にして、底を閉じて完成!

 

畚編みの先生はしきりに「わしらの子供らはちっとも関心をもたんに、あんたらは変わっとるね」と嬉しそうに教えてくれます。

 

くさあみ会としてまた習いたいという話をすると、顔をほころばせて賛成してくれました。

 

「でもよ、道具はどうするぜ?あと藁も長いもんでないと。かおり米かもち米くらいなきゃ大きいもんは編めんぜ?」

(おおう、その辺のこともこれから教えておくんなせ。)

 

 

続いて日除け編み

 

日除けは平坦なので、畚より簡単!

 

・・・コマセが4台あります。

 

そう、生徒が1人増えました。

 

生徒の共通点は移住してきた女性陣

 

先生のばぁと手を動かしながらのんびりお話をし交流の時間にもなりました。

 

畚編みの先生のときにも話題になりましたが、地元の若い世代はあまり興味を持たないそうで、少し寂しそうです。

 

お互いを理解するには一緒に仕事をするのが一番とはよく言いますが、移住者と地元、お互い探り探りの距離感のときにこういう会で距離を縮められたらいいなぁとぼんやり思うのでした。

 

ぺちゃくちゃおしゃべりをしているうちに形になってきました!

 

ジャン!

 

今年の田植えは背中が涼しかったです。

 

 

 

後日、

 

ばぁに会いに行くと、前から使っていたホロホロの日除けを使っているではないか!

 

どうしたことかと思ったら、日除けを作りたかったのは、向かいに住む仲良しのばぁがアルミの日除けを使っていて、藁の日除けをプレゼントしたかったのだとか。

 

序盤のばあからのお願いのやりとり、ご近所さんへのプレゼントを思って持ち掛けてきていた、と知って読み返すとなんともやわらかい気持ちになりませんか。

 

人と関わりながら暮らしていると色んな物語に遭遇します。

 

田舎は特にその色が柔らかく濃いように思うのでした。

 

それは既製品を買って済ます生活では味わえないもののようにも感じます。

 

 

さて、くさあみ会、ばあにも指摘されたとおり、編むには1人1台道具が必要なのです。

 

今回は集落で持っている人から拝借して行いましたが、せっかくなら自分のを持ちたい!作りたい!ということで、次回はコマセ・ツチノコ作りから!

 

ますます人の輪が広がりそうな予感です。

 

お楽しみに。

 

 

なんか既視感のあるブログだなと思ったら、初めて書いた投稿と似てました。

「竹籠づくり」

興味があればこちらもどうぞ

後川地域の元気印

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後川・大川筋地域担当の大寺です。

今回は、後川地域の元気印を紹介します!

 

後川地区出身で、高校卒業後は長野県で就学、その後は兵庫県や神奈川県で

お仕事をされて退職を機に四万十市へ帰って来られた野村さんです。

 

 

大寺「お名前と年齢を教えて下さい。」

 

野村さん「野村昌男です。昭和16年生まれ、76歳です。」

 

 

大寺「野村さんはいつ四万十市へ帰ってこられたんですか?」

 

野村さん「18歳までは中村で、そのあと大学で長野へ行って就職で姫路市に居たんだよ。」

 

 

大寺「そうですか。確か、太子町ですよね!」※大寺は姫路市出身です。

 

野村さん「そうそう。あなたと同じ姫路市ね。それから、本社のある神奈川に住んで定年まで。」

 

 

大寺「そうなんですね。いろんなところで暮らしていたんですね。ではなぜ戻って来られたんですか?やっぱり中村が良かったですか?」※四万十市は合併前は中村市でした。

 

野村さん「そうだね。何より、お袋が90歳近くになって面倒見たいなというのがあってね。戻って来て3年くらいは一緒にここで暮らしたよ。」

 

 

大寺「そうですか。昌男さんは日本各地、中村以外でも暮らして来られましたが、やっぱり他の土地と比べて中村はどうですか?」

 

野村さん「やっぱり自然が良いって、よく言われるけど僕は子供のころからここを知ってるからそんなには思わないんだけど。でも、都会は若い人が住むところだよね。お金を稼げる、若い人が暮らす場所。」

 

大寺「そうですね。私もそう思います。」

 

野村さん「ここは、金銭的に裕福ではなくても自分たちの食べる野菜を作ったり、散歩したり、晴耕雨読。気ままに暮らす場所だから。」

 

大寺「趣味は何かありますか?」

 

野村さん「最近は読書。そのほかに音楽鑑賞、囲碁、油絵かな。」

 

大寺「以前、登山のお話をされていましたよね?」

 

野村さん「そうそう。定年した年にヒマラヤに登ったんですよ。」

 

大寺「どうして登ろうと思ったんですか?」

 

野村さん「もう、こっち(中村)に帰ってくる決意をしてたからね。」

 

大寺「退職記念のご褒美ってことですね!」

 

野村「ははは。そういう事になるかな。」

 

 

大寺「では、質問を変えます。ここは絶対おすすめしたい!という場所などはありますか?」

 

野村さん「う~ん。(少し悩む)やっぱり、自分で建てたタニダコテージかな?ははは。」

 

大寺「そうですよね!ご自身のブログでも紹介されてますよね?」

 

野村さん「そうそう。たまに載せますよ。ログハウスマガジンにも載ったしね。以前は自分のホームページでコテージを載せていたんだけど、更新の頻度が落ちて更新の仕方が分からなくなっちゃってそれでブログに載せるようにしたんですよ。ちょっと見てみよう。(パソコンで見せてもらいました)」

 

大寺「そのログハウスマガジンはまだありますか?」

 

野村さん「うん。コテージにありますよ。後でどうぞ。」

 

 

~2010年5月号ログハウスマガジンという雑誌のP83から野村さんのコテージが掲載され ています。良かったらご覧下さい~

 

 

大寺「では、これからの後川地区はどんなふうになって欲しいですか?」

 

野村さん「やっぱり、若い人に増えて欲しいよね。ここは高齢化率が66%だからほとんど限界集落に近づいているんだよね。今回、あなた達が居なくなるから本当に残念。本当に。」

 

大寺「そうですよね。すみません。」

 

野村さん「まぁね、引っ越しても年に6回お祭りがあるし小学生とのひまわり交流もやってるし、いつでも来てください。」

 

大寺「ありがとうございます。」

 

野村さん「あとは、空き家が増えるからね。空き家の活用で滞在型観光の手助けをしたらいいよね。行政と連携して。そこは、あなたの役目なんじゃないかな。」

 

大寺「そうですね。私もそう考えています。」

 

野村さん「僕も、コテージで滞在してもらったり修学旅行生の受け入れをしているけど楽しいですよ。あなたも是非やってね。」

 

大寺「そうですね。落ち着いたら、やってみます。先ほど、若い人に来て欲しいとおっしゃってましたがどんな人に来てもらいたいですか?」

 

野村さん「そうだね。若い世代。子供が産める年代、かな。

まぁ年齢は関係ないけどやっぱりその年代の人に増えて欲しい。」

 

大寺「私も友達にアピールしてます。」

 

野村さん「うんうん。是非遊びに来て、気に入って住んでもらいたいね。でもそうなると仕事なんだよね。お米作りだけじゃ今は食べていけないから、何かスキルを持って自分で仕事ができる人ならいいね。」

 

大寺「なるほど。そうですね。」

 

野村さん「僕はいつまでできるか分からないから、若い世代に期待していますよ。」

 

 

コテージ

<コテージにて>

 

 

いかがでしたか?

 

野村さんはインタビュー中にもあったように、ブログで日々の出来事などを記されています。

良かったら覗いてみてください。

https://blog.goo.ne.jp/shimanto41_1941

 

 

さて、私事ですが5月末で退任のため今回が最後のブログ更新となってしまいました。

今まで見てくださってありがとうございました。

協力隊活動中に行ってきたshImanto art clubの活動は今後も続けていきます。

Facebookで情報発信も行っていますので、今後はそちらの方も覗いていただけたら

嬉しいです。https://www.facebook.com/40010art.club/

奥屋内上地域の山茶イベントに関わる人たち

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黒尊川流域担当の高濱です。

GW最終日の5月6日(土)に、奥屋内上地域での山茶作りイベントを開催しました。

今年も奥屋内で山茶作りイベント開催!5月6日(日)

参加者は中村、土佐清水市、遠くは高知市などから13名が集まってくださいました。

山茶作りの内容は去年とだいたい同じなので、今回は省略。
準備も当日も頑張ってくれた地域のみなさんをご紹介したいと思います!

 

前日に草刈りをしてくれたのは、この三人↓

左からトオル兄、文さん、しんちゃん

山仕事や畑仕事を長年やってこられているので、草刈りなんてお手の物です。
仕事が早い!一瞬で終わってしまいました。終わって早々、ゴーグルも外さず一服しているところです(笑)

↑茶畑に上がる道をきれいにして、安全のため看板とロープと杖まで準備してくれたのは“みつぐさん”
いつも優しく、色々と気にかけてくれるおんちゃんです。

 

ご飯作りをしてくれたおばちゃんはこの5人!

右からつぎちゃん、元恵さん、和子さん、まちこさん、八千代さん。

特にメニュー決めなど中心となって動いてくれたのが、つぎちゃんと元恵さんでした。

いつも一緒の仲良し“とぎ”(友達)です!

そして、当日の朝6時頃から、おばちゃんたちが用意してくれた美味しいご飯↓

今回、小学生の参加者が多かったので、おばちゃんたちは「子供たちがたくさん来るならカレーも作る!」とやる気まんまんに。子供がひとりもいない、小学校も廃校になっている地域なので、やはり子供はいるだけでスタッフ側の気持ちも上がります。

 

おばちゃんたち得意のちらし寿司に、手作りのみそを使ったお味噌汁。
自分とこの畑で作っている野菜を持ち寄ったサラダ。
たっぷりのご飯でお腹いっぱいになりました。

山茶を摘んだ畑で集合写真。みんな良い笑顔です♪

参加者の方からいただいた感想の一部をご紹介させていただきますね。

ありがとうございました!

 

個人的には、去年も来てくれていた子供たちがたった1年の間に成長していてビックリ。
毎年来てくれる参加者の方も多く、年に一回、遠い親戚に会うような感じで遊びに来てくれる機会になっているのかもしれません。
今後、どういったかたちでこのイベントが続いていくのかわかりませんが、参加者も地域の人も無理なく一緒に楽しめるイベントであってほしいな、と思います。

 

また、今回スタッフとして、口屋内住民の山茶作り大好きチハルさんと、大宮の新協力隊の岡林くんも写真撮影など手伝ってくれました。いつも山茶のある場所を快く貸して下さる方、当日来れなくても気にかけてくれた地域のみなさんも、ありがとうございました。

高知新聞さんにも掲載していただきました。

https://www.kochinews.co.jp/sp/article/181520

 

ひまわり

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後川・大川筋地域担当大寺です。

 

今年も後川地域・板ノ川地区で遅咲きのひまわりの会の活動が始動しました!

 

利岡小学校の児童との交流も兼ねているこの取り組みは、今年で6年目を迎えます。

住民にとっては、小学生と交流をすることで元気をもらうことができ

子供たちにとっては作物栽培の学びになります。

子供たちが参加してくれるようになってから数えると、5年目だそうです。

 

3年前に四万十市へ来た頃、この場所に黒いビニールだけが張ってあって

何が植えられているんだろう?と思っていました。

 

 

今日は、住民有志と児童・先生方と黒いビニール:通称「黒マルチ」を貼りました。

 

この作業をするまでに畑の草を刈り、畝を作り、植える地面を平らにする…

作業が何工程もあるのです。

 

マルチ

大変でも、景観のため子供達のためにみんなで力を合わせます!

 

↓高知新聞社の方も来られていて、インタビューを受けている様子。

 

インタビュー

すべての畝にマルチ張りを完了!

畝が、マルチに覆われたときは達成感でいっぱいでした。(全部張った写真を撮り忘れました。)

 

全体

マルチなんか張らずにやったら良いのに~と思われる方もいるかも知れませんが

結構広いので除草作業が大変になるんですよね。

 

↓元気な児童達!

 

元気!

この次は、種まきの作業が待っています。

 

夏にはきれいに花を咲かせてくれるように祈りながら種まきをしたいと思います。

 

今後の経過をお楽しみに☆

大川筋地域の元気印

カテゴリー :

後川・大川筋地域担当の大寺です。

 

今回は、大川筋地域の元気印を紹介します。

まだ協力隊新聞が西土佐版だった頃、協力隊新聞に地域の「元気印」枠があったんですよ!

よかったら、バックナンバーからご覧下さい。

 

 

大川筋地域住民の田辺傳(つたえ)さん。

お住まいの地区の区長さんでもある田辺さんは「でんさん」の愛称で地域の有名人です。

 

これからの時期は稲作や作物栽培で忙しくなります。

ペットのポチ(犬)を可愛がっていらっしゃいます。

ポチは15歳で長生きワンコです。いつも静かに高瀬地区を眺めている…。

pochi

 

 

では、でんさんに質問タイム!(ここからは、Q&A形式でお伝えします。)

 

 

でんさん1

 

大寺 「自己紹介お願いします。」

 

でんさん 「昭和19年生まれ、74歳。生まれも育ちも中村(四万十市)よ!」

 

 

 

大寺 「趣味はありますか?」

 

でんさん 「家庭菜園かにゃあ。昔は女体探索やったに。」

 

※でんさんは、学校の卒業式や地区運動会の挨拶等もしっかりこなされる一見まじめな

方ですが、二言目には下ネタを発します。

 

 

 

大寺 「大川筋地域の良いところは?」

 

でんさん 「風向明媚。四万十川と自然の景色。」

 

 

 

大寺 「特にお気に入りポイントは?」

 

でんさん 「高瀬沈下橋やにゃあ。自分らの地区の沈下橋よ!こないだは、宿毛(すくも)出身のソプラニスト(歌手)が

撮影しよったぞー!」※宿毛(すくも)はお隣の市です。

 

 

 

大寺 「これからの大川筋地域はどんな風になって欲しいですか?」

 

でんさん 「若い人に増えて欲しい。空き家はあるけん、住めるようにして仕事があったらええわなぁ。」

 

 

 

大寺 「では、具体的にどんな人に来て欲しいですか?」

 

でんさん 「老人に優しい人。(見た目、容姿ではなく人として)魅力ある人。

 

大寺さんみたいな女性やったらウェルカム!!」

 

※セクハラ発言になりかねませんが、私が嫌な気持ちになっていないので許容範囲内です。

 

 

 

大寺 「そんな魅力ある人に来てもらうための、お勧めポイントはありますか?」

 

でんさん 「かわらっこがあるわな~。地域振興組合やったし、今も大川筋の拠点よにゃあ。」

 

 

 

大寺 「色々な取り組みがありますが、私の次はどんな人がいいと思いますか?」

 

でんさん 「とにかく大寺さんみたいに、地域に溶け込める人やにゃあ!難しいけど。」

 

 

 

大寺 「そうですか。ありがとうございます。これからも大川筋地域でお世話になります。」

 

でんさん 「そうそう。これからもお世話してもらうけん。○▲◇×※!?」

 

~このあとは、真面目なでんさんではなくなったのでインタビュー終了~

でんさん2

 

という雰囲気で、大川筋地域にはでんさんの様に陽気で元気なおんちゃん(男性)が多いです。

 

若い人が地域に少ないということもあって「若さ」の特権だけで優しくして貰えるのは

本当にありがたいなぁと、日々感じます。

 

という事は、あと10年経ったら若いお姉ちゃん扱いしてもらえないのか…!?

 

四万十市に来てから、いったい何歳まで若者扱いしてもらえるんだろうと疑問に思うことが多々あります!

まだまだ、これから学ぶことが沢山あって忙しくなりそうです。

 

次回は、後川地域の元気印を紹介したいと思います。

 

お楽しみに。

網ガール始動。

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こんにちは。

ご無沙汰しております。

鮎市場の丸石あいみです。

鯉のぼりも気持ちよく泳ぎ始めました。

あったかいですねー。

むしろ、あつい?

 

そんな、あつい夏が近づくと川漁が始まります。

川エビ、うなぎは4月からなんですが

鮎は6月から。

いま、鮎が藻を食べたハミアトが河原にはたくさんですよ。

鮎がたくさん…いるらしい。

 

今年は私も鮎漁という投網をすることになりました!!

ぜんぜんやったことも見たこともないのに……

とても不安。

 

とは言いつつ、まだまだ四万十川も川漁のこともわからない。

私の整理も兼ねて、

四万十川と川漁のことを少し知ってもらいたい!!

*ここから先長くなります!!!


四万十川といえば、

「キレイ」

「観光」

というイメージが強い。

 

でも実は、

「キレイ」なら仁淀川の方がすごいんです。

仁淀川ブルー!!

じゃあ、四万十川さんよ、何がすごいんだ!?

 

四万十川では、

鮎を主として

川エビ(テナガエビ)

うなぎ

ツガニ(上海ガニ)

なまず

すっぽん

がとれます。

下流域では、アオサノリも有名です。

ぜーんぶ、てんねん。

ここが、すごい!!

生物が多く、多様性があるということ!

なぜか…については、おいおい。

 

ここがすごい2つ目。

生活の一部に四万十川があること!

川漁、沈下橋、林業、家のつくり、道路などなど。

四万十川に合わせたというか

一緒に暮らしているのか?と思うくらいの密着度です。

 

最後は

ほとんどのおじさんたちが川漁をしていること。

川漁も海漁と同じで一つの職業ですが、生計を立てていくのは難しい。

ほとんどの人が副業として従事しています。

時期によって本業と組み合わせています。

小さい時から川で遊びながら漁が身についていったようで、とても身近な存在のようです。

 

そもそも川漁ってどんなことするのか??

火振り漁

延縄

投網

友釣り

ごんぶり

ころばし

えびたま

などなど

私もまだ名前だけでわからない!!!

詳しいことは夏が来たらわかるので、おいおい。

 

書いてみたけど、ぜんぜんわかってない!笑

また詳細お伝えします!!


私は今年から鮎漁はじめます!!

が…

この経緯について。

 

私の協力隊ミッションには

「四万十川の伝統漁法の継承」

があります。

 

何ヶ月かここにいて

漁っていうと難しそう、大変そうなイメージだったけど

おじさんたち楽しそう。

面白そう。

ちょっとやってみたいかも。

 

私がやってみて、

なにか発信できないかな??

まず、若い人がやり始めることが継承に一番近いかな??

じゃあ、まず、川漁やってみよう。

それからはじまりました。

 

そして、網ガールってなに?笑

ってなるんですけど。

今年は、私を含め何人かの若い女子が投網をします。

その若い子達のこと!

勝手に誰かが言いはじめました。

私一人だと寂しいので誘いました!笑

投網をやるんですが

投網…

おっちゃんたちは簡単にやってますが

めっちゃ難しいんです。

うまく広がって

半円になってくれない。

師匠に指導を受けております。

 

がんばってみよ!

20代女子でも川漁できる。

川との関わり方。

面白さ。

ちょっとでも伝えられるといいな。

練習頑張ります。

 

まだまだ、遠い。

鮎漁解禁まであと1ヶ月………

今年も奥屋内で山茶作りイベント開催!5月6日(日)

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※定員になったため、募集は締め切りました。ありがとうございます。

黒尊川流域担当の高濱です。今年も、黒尊川の上流にある奥屋内上地区に自生する山茶を摘んで・煎って・揉んでのお茶作り体験を行います!

昨年の開催経緯→「山茶作り体験イベント開催!5月7日(日)in西土佐奥屋内」

昨年のイベントの様子→「黒尊川のほとりでつくる”山のお茶”」

昨年は、ほかの地域の協力隊メンバーも全員が助っ人で来てくれ、私も慣れないイベントのとりまとめに四苦八苦しつつ、どうにか無事に終えることができました。

 

しかし、料理担当のおばちゃんたちから「こたわん」(無理、できない、という意味の方言)という声が出たのも事実。
おばちゃんたち、もうイベントやりたくないんじゃないかな、と勝手に思っていたのですが、去年のことは忘れたかのように「山茶イベント、今年はやらんかえー?」とおばちゃんたちが声をかけてくれました。

 

準備も料理もこたわんこたわんと言いつつも、来てくれた人が喜んでくれると嬉しくて頑張ってしまうおばちゃんたち。
だけど、できればおばちゃんたちも無理をしすぎず、楽しんでほしい。いっそ料理は辞めるのも手じゃない? いやー、やっぱり食べるものはないとー。バイキング形式はしんどいねー。ちらし寿司くらいなら簡単にできるわえー。ちらし寿司だけじゃいかんろー。揚げ物とかサラダとかー。またこたわんなるろー? そしたら汁物かー? 料理の品が少ないならぼた餅こさえてねー。去年それでこたわんことになったんじゃあ? こたわんって言ったら罰ゲームね! よっしゃ踊ろかー?……あーでもないこーでもない(以下略)…
中心になって料理を作っているおばちゃんたちとそんな話をしながら、今年のイベントの内容を決めました。

 

10年続く山茶イベント。何もかも10年前と同じとはいきません。どんな形でなら無理なく楽しいイベントを続けていけるのか、あたたかく見守っていただければ幸いです。

 

山茶の摘み方や炒り方、揉み方を教えてくれるのは地域のおんちゃん、おばちゃんたちです。

参加者も地域の方もみんな一緒に楽しめるイベントにしていきたいと思いますので、ぜひ奥屋内地域に遊びにきてください!


■日時 5月6日(日) 10時~15時 ※雨天決行

■集合場所 奥屋内上公民館(西土佐奥屋内 簡易郵便局隣り)

■募集人数 15人

■参 加 費 大人 2,500円 小学生 1,300円

※保険料・昼食代込み。小学生未満のお子様の参加は保護者の方が目を離さないようにお願いいたします。

■内容 山茶作り体験

※体験で作った山茶はお持ち帰りできます!

お茶摘みの場所は山の中の傾斜地です。

滑りにくい運動靴or長靴、汚れてもいい長袖、長ズボンを着用し、雨天の場合はカッパ、長靴等をご用意ください。

■昼食 地域のおばちゃん手作りのちらし寿司と汁物をご用意しています。

■ 申込締切 5月4日(金)

■お問合せ・申込先 四万十市地域おこし協力隊(高濱)tel.090-6416-0161

 

山茶を摘む参加者さん

 

お茶の葉を揉む、常連の参加者さんと地元のおばちゃん

 

時間があれば黒尊川で川遊びも

 

最後にみんなで集合写真

 

炭焼き修行はじめたよ vol.3

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富山地区担当の原田です。

 

長編になってしまった「炭焼き修行はじめたよ」シリーズの第1段もこれが最終編です。

前編 と 中編 はこちらから~

 

ステップ6

~窯を蒸す~

空気を遮断して蒸すタイミングを左右するもの

1.窯の構造

窯の大きさ、空気の流入量によって・・・

なので、窯の持ち主がその炭焼きの師匠

2.原木の乾き具合

生木(切ってすぐ)と乾いた木で

炭化のスピードは違います。

伐採からの時間、割ってからの時間・・・

師匠曰く、

乾いた木は諦める覚悟で、全部が炭化したタイミングを見計らうべし

3.原木の種類

樹木の種類によってつまり具合も違います。

例えば、

ヒノキなどの針葉樹はスカスカなので、炭化が早い

竹は高温になりやすく窯の中の温度を上げやすい

4.原木のくべ方

隙間なくくべている場合、

隙間だらけの場合、

窯内の空気の量が全然違うので影響します。

くべる時の熟練度が問われます

 

5.窯の温度

窯の温度は蒸すタイミングより

点火までのタイミングを左右します。

 

と、色々な要因がありますが、

師匠は長年の経験から、自分が蒸し作業のしやすい時間帯

になるように見計らいます。

最終的には煙の様子や煙突の内側の色、窯の表面の温度でジャッジ!

 

今回は焚き付けに手間取ってしまい、

蒸すタイミングが朝5時半になってしまいました。

夜11時頃から何度か様子を見に来て、

師匠に聞いた見極めをやってみて

結局、うたた寝しているところを

野菜の収穫を始めたばあから電話で起こされ

炭窯にすっ飛んで行きました。

 

煙の違いは一目瞭然、でもタイミングの見極めは難しい。

青白く、煙越しに向こうが見えるくらい

この頃には煙を蒸留して集めていた木酢液も出なくなっていました。

これは着火直後の水蒸気

 

 

窯口と同様に焚口をふさぎます。

状況としてはこの段階

焚口近くの原木はどうしても燃えて灰に・・。

なので点火しやすく、なくなってもいいような

細い木をくべておきます。

 

ステップ7

~炭出し~

窯を開けました!

手前は燃えて灰になり、

炭化で収縮した分、隙間ができ、

奥へ倒れ掛かってます。

先端も多少燃えてます。

全部出してこの量!

軽トラ3杯分の原木がだいぶ少なくなりました。

地面についている部分は根燃えといって、

炭化が不十分なことも。

この赤茶色がその証拠

 

ステップ8

~炭切り~

昔ながらの手ノコで裁断作業

1人でやったら1日以上かかりました。

炭の粉が出るので鼻の中まで真っ黒!

今回の収穫物

炭 およそ120㎏

木酢液 6リットル

 

 

作業をしながら、師匠が若いころの炭焼き文化について教えてくれました。

前編では、車のない時代、川下りでの炭の運送を紹介しました。

師匠が若い頃は道路が通っているけど、

エネルギー革命前で、木炭が生活必需品の頃。

6tトラックに炭俵(10㎏以上)を

12段以上積み上げて売りに行っていたそうです。

「どうやって積み上げるかって?

下からほおって収まりよく積み上げるんじゃよ」

そんな・・・

重い、しかも壊れ物を・・・。

すごいバイタリティー

 

枝葉のついていたものは葉っぱもそのままで焼きあがりました。

次回はオブジェやインテリア向けの炭焼きを混ぜながら、

「燃料としての炭」以外の可能性を模索してみます!

前編

中編